原著
1)東邦大学医療センター大橋病院 栄養部
2)東京家政大学 栄養学科
〒143-8546
東京都大田区大森西6-11-1
東邦大学医療センター大森病院栄養部
田中隆介
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受付日:2018年12月29日
採択日:2020年11月23日
慢性腎臓病に用いる低たんぱく米は、食味・においの点から改善する必要がある。改善方法として多くの機能性を持つトレハロースを添加した影響を検討した。
低たんぱく米2種(M、P)とでんぷん米1種(G)にトレハロースを添加した(MT、PT、GT)。その炊飯米のテクスチャーやにおいを測定し、官能評価を行った。
炊飯米の硬さは、MT試料がM試料より硬く、GT試料がG試料より低かった。放置120分後の硬さは、M試料では有意に硬くなったが、MT試料の硬さは変化しなかった。他の2種では変化がなかった。炊飯米のにおいは、M試料のみトレハロース添加で臭気寄与に違いがあった。炊飯米の官能評価によるおいしさは、いずれの試料でもトレハロース添加の効果は認められなかった。
従って、長時間保存しない給食施設では、低たんぱく米にトレハロースを添加する特に必要がないと考える。
低たんぱく米、でんぷん米、トレハロース、テクスチャー特性、官能評価
慢性腎臓病における食事療法の目的は、腎不全への病気の進行や透析開始時期を遅らせ、透析導入後は安定して透析を続けることにある。慢性腎臓病の食事管理の基本は、病態に応じてたんぱく質、塩分、リン、カリウムなどの摂取量の制限と、十分かつ必要なエネルギーの補給である1)2)。
アミノ酸スコアおよび消化吸収率の高い食品は、たんぱく質の質が高いと考えられている。一般的に炊飯米のアミノ酸スコアは61と低く、動物性たんぱく質の多くのアミノ酸スコアは100と高い。従って、主食を低たんぱく米にすることにより、主菜や副菜にたんぱく質を利用できるようになるので、食事療法として低たんぱく米の利用は効果的である。低たんぱく米は在宅での利用者が多く、病院の給食での利用は少ない。しかし、病院給食などで利用できれば、献立内容の充実に繋がると考えられる。
著者は、すでに低たんぱく炊飯米およびでんぷん炊飯米の食味特性を調べた。その結果、低たんぱく炊飯米の一部とでんぷん炊飯米は、普通炊飯米より食味が劣る評価であった3)。しかし、これらの低評価の米は、低たんぱく米としては安価なものが多く、逆に給食施設においては使用したい米であった。また、低たんぱく炊飯米については、味と同様に、そのにおいが気になるという人が多い。中山は、普通精白米に比べて、低たんぱく米の香りが悪いと報告している4)。著者の官能評価においても香りは好まれないものが多かった3)。また、城田は低たんぱく米とうるち精白炊飯米のにおいと比較した場合に、においの質が異なることを報告している5)。
そこで、これらの低たんぱく米を用い、においや食味を工夫・改善する必要があると考えた。市販されているでんぷん米はトレハロースを使用するように推奨されており、米と一緒にトレハロースが販売されている場合もある。そこで、改善方法の一例としてトレハロース添加を試みた。
トレハロースは一般に、米に添加すると澱粉老化抑制、たんぱく質変性抑制、脂質劣化抑制、矯味・矯臭作用など多くの機能特性が明らかにされている6)。うるち精白米に対する効果では、トレハロースを用いたものは、長時間放置した場合、添加しないものよりかたさの変化を少なくし、でんぷんの老化を抑制することが報告されている7)。
しかし、低たんぱく米やでんぷん米におけるトレハロースを添加した場合についての研究報告はほとんどなく8)、特に低たんぱく米についての効果は明らかではない。
そこで本研究では、低たんぱく米の施設導入を目的として、低たんぱく米およびでんぷん米にトレハロースを添加して炊飯した場合の効果を、炊飯米のテクスチャー、におい識別装置によるにおいの検討、おいしさは官能評価を行って検討した。
材料は、市販低たんぱく米2種(M、P)、でんぷん米1種(G)を用いた。それらについて、製造会社、主原材料、栄養価を表1に示した。
表1 材料の販売会社、主原材料とその栄養価
トレハロースの添加量は、包装に表示されている米重量の3%を用いた。その添加試料はMT、PT、GT試料と表示した。
炊飯米の加熱方法は、各試料100gにメーカー推奨量の加水量にあたる蒸留水(pH6.9)を用い、トレハロースを添加して、電気炊飯器(Panasonic、ミニクッカーSR-03GP)で調製した。
炊飯米の出来上がり重量を測定した。そこから1食分炊飯米200gのエネルギー量およびたんぱく質量を算出した。
炊飯米のテクスチャーは、炊き上がり後室温放置30分後(40℃±2℃)および120分後試料を、シャーレ30mmに10g入れて測定した。120分後は、患者の給食提供時間を想定し、炊飯米の温度は室温(25℃±2℃)で測定した。120分後を測定した理由は、大量調理施設衛生管理マニュアルが示す「調理後120分の喫食」9)に準じた。
クリープメーター(㈱山電、RHEONER Ⅱ CREEP METER RE2-3305B)を用い、硬さ、凝集性、付着性を求めた。測定条件は、直径20mmの円形プランジャー、クリアランス5mm、測定速度10mm/sec、ロードセル200 N、アンプ倍率10 倍で行った。各30個の試料を測定し、結果は平均値±標準偏差にて示した。
炊飯米のにおいについては、におい識別装置(株式会社島津製作所、FF-2A)を用い、においの類似度、臭気寄与、臭気指数相当値を測定した。試料は、炊き上がり後室温放置30分後(40℃±2℃)炊飯米を10g用い、500mlサンプルバッグに密閉した。におい識別装置用試料の測定方法に従い、窒素ガスを充填し、測定を開始した。
におい識別装置は、人間の官能評価と同じように、においの質と強さを表現し、数値化することで評価する装置で9種の基準ガスを用いて類似度、臭気寄与、臭気指数相当値を示す10)11)。
類似度は、においの質を示し、試料間の差が10%以上ある系統が1つでもあればにおいの質に差があるとされる11)。
臭気寄与は、各ガス系統のにおいの強さを示している。硫化水素およびアンモニア系ガス系統以外の7項目において、臭気寄与値が3以上の差があるガス系統が2項目以上あれば、人の嗅覚で認識できるにおいであるとされている10)。
臭気指数相当値は、においの総合的な強さの評価であり、1試料に対して1つの数値で表され、3以上の差があれば人の嗅覚で十分認識でき、においの強さに差があるとされる9)。
炊飯米の官能評価は、炊き上がり後室温放置30分後(40℃±2℃)を試料として7段階評点法を用いた。評価者には低たんぱく米を食べた経験があり、官能評価に慣れているT大学教職員および栄養学科学生3、4年生の計14名を選択した。各低たんぱく炊飯米を、トレハロース添加と無添加試料の2種を各10g提示し、7段階評点法で行った。
分析型官能評価は、炊飯米の香り・硬さ・粘り・甘味・うま味の強さを評価項目とし、評点は-3点を大変弱い、-2点をかなり弱い、-1点をやや弱い、0点をどちらでもない、+1点をやや強い、+2点をかなり強い、+3点を大変強いを用いた。
嗜好型官能評価は、別試料を掲示し、総合評価を項目とし、評点は-3点を大変好ましくない、-2点をかなり好ましくない、-1点をやや好ましくない、0点をどちらでもない、+1点をやや好ましい、+2点をかなり好ましい、+3点を大変好ましいを用いた。
これらの官能評価を行うにあたっては、東京家政大学大学院研究倫理委員会で承認を得た(承認番号H27-25)。
データの解析は、トレハロース添加試料と無添加試料間においてt検定を用い、有意水準は5%とした。解析ソフトは、SPSS Statistics 22.0を用いた。
炊飯米の炊き上がり重量を表2に示した。
表2 炊き上がり重量および炊飯米200g当たりの栄養量
1)値は平均値±標準偏差を示す(n=10)。
2)統計処理はM・MT、P・PT、G・GT試料のそれぞれの間でt検定を行ったが、いずれも有意ではなかった。
試料の炊き上がり重量は、いずれも加熱前重量の2.0~2.1倍を示し、でんぷん米のG試料は2.6倍の重量であった。でんぷん米の炊き上がり重量が多いのは、加水量の違いによるものである。
これを200g摂取した場合の栄養量を求めると、エネルギーは318~346kcalで、たんぱく質はいずれも0.2gであった。
炊き上がり30分後炊飯米(40℃±2℃)の硬さ、凝集性、付着性の結果を表3に示した。
表3 炊き上がり30分後、120分後の炊飯米の硬さ、凝集性、付着性
1)値は平均値±標準偏差を示す(n=30)。
2)統計処理はM・MT、P・PT、G・GT試料のそれぞれの間でt検定を行い、*:p<0.05を示す。
3)放置時間の違いによる統計処理は、各試料30分と120分の間でt検定を行い、♯:p<0.05を示す。
4)㈱山電、RHEONER Ⅱ CREEP METER RE2-3305B
硬さでは、MT試料はM試料より有意に高く、GT試料はG試料より有意に低かった。PT試料とP試料には有意差がみられなかった。3試料の硬さには、トレハロース添加による一定の傾向はみられなかった。
凝集性と付着性では、MT試料、PT試料、GT試料と無添加試料の間に有意差はなかった。
炊き上がり30分後の炊飯米(40℃±2℃)から室温放置120分後(25℃±2℃)の硬さの変化の結果を表3に示した。
炊き上がり30分と120分放置の硬さを比較すると、M試料は120分後が30分後の試料より有意に高く、MT試料では放置時間による変化はみられなかった。その他のP・G試料では、いずれもトレハロースの添加による放置時間による変化はみられなかった。
におい識別装置による炊飯米のにおいの類似度、臭気寄与を表4に示した。
表4 炊飯米のにおいの類似度、臭気寄与
1)値は平均値を示し、カッコ内は標準偏差を示す(n=3)。
2)類似度は10%以上の差がある系統が1つ以上で違いがあると識別され、*は差を示す。
3)臭気寄与は3以上の差がある系統が2項目以上で違いがあると識別され、*は差を示す。
4)株式会社島津製作所、FF-2A
においの類似度では、MT試料とM試料および GT試料とG試料の差異は10%以下であった。したがって、トレハロース添加による炊飯米のにおいには質の違いはみられなかった。しかし、PT試料は、P試料と比較してエステル系ガスの類似度が10%以上高かった。P試料は、トレハロース添加によるにおいの質の影響がみられた。
においの臭気寄与(各ガス系統の強さ)では、MT試料はM試料に対して、硫黄系、有機酸系、アルデヒド系臭で臭気寄与値が3以上低かった。したがって、M試料はトレハロース添加によって3種のガス臭が低減した。しかし、PT試料とP試料、GT試料とG試料には、3以上の違いがないので、においの強さは変わらないと判断された。
においの臭気指数相当値(総合的な強さ)では、MT試料28.1±0.14、M試料は27.7±0.04、PT試料22.8±0.09、P試料は23.0±0.11、GT試料20.7±0.03、G試料は21.5±0.23で、各試料の差異はあるものが、トレハロース添加によるにおいの差異に3以上の違いはなかった。トレハロースの添加による炊飯米の総合的においの強さは変わらないと判断された。
炊飯米の官能評価の結果を表5に示した。
表5 炊飯米の官能評価
1)値は平均値±標準偏差を示す(評価者:14名)。
2)統計処理はM・MT、P・PT、G・GT試料のそれぞれの間でt検定を行い、*:p<0.05を示す。
3)評点は、-3点:大変弱い・大変好ましくない、-2点:かなり弱い・かなり好ましくない、-1点:やや弱い・やや好ましくない、0点:どちらでもない、+1点:やや強い・やや好ましい、+2点:かなり強い・かなり好ましい、+3点:大変強い・大変好ましいとした。
MT試料の硬さはM試料と比較して有意に硬かったが、他の項目で違いはみられなかった。PT試料とP試料およびGT試料とG試料は、いずれの項目でも違いはなかった。香りの強さはいずれもトレハロース添加で低値であったが、有意差はなかった。
また、トレハロースを添加した試料の総合評価は、いずれも有意差はなかった。
図1 トレハロース添加有無による炊飯米の総合評価(おいしさ)
1)パネル=14 2)n.s.
3)評点 1点:大変好ましくない 4点:どちらでもない 7点:大変好ましい
図2 放置時間による炊飯米の硬さの変化
1)n=3 2)*:有意差あり(p<0.05)
平田7)は、トレハロースを普通米に添加することでテクスチャーの劣化を抑制し改善効果を報告している。しかし、低たんぱく米およびでんぷん米を用いた本実験のテクスチャーにおいて、トレハロースの添加は米の種類によって、改善効果は一定した得られなかった。M試料においては、短時間でもテクスチャーへの改善効果はあったと判断された。他の試料では、短時間の変化がみられなかったので、トレハロースの添加の効果は明らかではないと考える。
トレハロースを添加した低たんぱく炊飯米およびでんぷん炊飯米のにおいの類似度(質)では、P試料の類似度に変化がみられ、においの臭気寄与(各ガス臭の強さ)では、M試料が4つのガス臭を低減した。これはトレハロースの矯臭作用により、においの改善効果があったと考える。M試料の低減したアルデヒド系ガス臭については、トレハロースを用いた衣服を着た場合に、体臭のアルデヒド系臭を抑制した報告5)がある。その報告と同様の効果が炊飯米においても認められたと考える。M試料は、炊飯米のアルデヒド系の臭気寄与値が、他の試料より高値であったので、トレハロースの効果が明確に現れたと考えられる。また、低たんぱく米の一般的な製造方法は、米と仕込み液と乳酸菌を混合し発酵させる12)。その時に利用される仕込み液や菌種の内容は、各メーカーで異なり、その製法については明らかにされていない。その違いがトレハロース添加の効果の有無にも関与していると考える。
官能評価の香りの強さおよび総合評価(おいしさ)では、トレハロースの添加の違いはみられなかった。香りの強さでは、におい識別装置の結果ではM試料のにおい強度やP試料のにおいの質に効果が認められたが、官能評価では差異が認められずに、両者に一致した結果が得られなかった。これは、低たんぱく米およびでんぷん米が独特なにおいが強いことが影響したと考える。菊池8)はでんぷん米について、トレハロースの添加は改善効果がほとんどないと報告している。本研究においても、同様の結果であった。でんぷん米だけでなく、低たんぱく米でもトレハロースの添加は、食味改善につながらないと考える。
以上のことから、現時点でのトレハロースの添加により、米の硬さが変化しにくいという、一定の有用性はみられたが、食味に与える効果は期待できないことが本研究で明らかになった。つまり、低たんぱく米およびでんぷん米にトレハロースの添加は、短時間で提供する給食施設においては、使用する必要性は特にないと考える。なお、慢性腎臓病患者が低たんぱく米およびでんぷん米の継続的に利用するためには、おいしさの改善は必須である。さらに別の添加物などを検討し、おいしさを改善して、患者のQOLおよび施設導入への普及につなげていきたい。
本研究に実施にあたり、東邦大学医療センター大橋病院および東京家政大学で協力いただきました関係者の方々に深く感謝いたします。また、この研究には、東京家政大学大学院研究推進費の助成を受けました。厚く御礼申し上げます。
また、この論文は平成29年1月13日の日本病態栄養学会年次学術集会で発表したものを論文化したものであり、座長より論文投稿を推薦されました。感謝申し上げます。
利益相反:申告すべき事項はありません。
●文献